触れないでほしくて、でも触れて欲しくて。
近づいて欲しくなくて、でも近づいて欲しくて。
矛盾したココロ。
相反する気持ちが、私の中を渦巻いていく。
眩しかった太陽が夜の海に沈んでいくと、あたし達はそれが決められた習慣のように 夜の時間を過ごしていく。明々と相手の顔がはっきり見えるくらいの明かりなんて物 は無粋だとハウルは嫌って、月明かりの光だけが部屋を頼りなく灯す。ぼんやりとし た視界の中、月明かりで伸びた影がシーツの上に幻想的に映し出されるその様が、な んとなく好きだった。
瞬間、肩口に何か冷たいものを感じてピクッと体を震わせたと同時に後ろを振り返る。
ポタポタと流れる水滴が、ハウルの自慢の金髪を流れるようにして重力に従いながら 床にその跡をつけていく。お風呂から出たら必ず頭を拭いてきてっていつも頼んでい るのに、ハウルはいつもいつも注意をするあたしを面白がるように絶対に頭を拭いて きてはくれず、最終的には掃除する羽目になってしまう。風邪でもひいたらいろんな 意味で大変なのに。
ハウルはベッドサイドに腰を下ろす私の体を足と足の間に挟むようにして座りながら 腰に手を回して、濡れた髪の毛を首筋やら乾かしたばかりの髪やらにしっかりと密着 させながら優しく首筋に唇を落としていく。ハウルの髪の毛は濡れていて、夜の空気 にあてられているせいですっかりと冷えてしまっていて、首筋に当たる水滴はとても 冷たく感じるのに、ハウルが触れるせいで温度感覚なんて麻痺してしまっている。こ の仕草はいつもハウルが私に出す『サイン』でもあったりする。
ハウルの舌が首筋を這い、熱を持った首筋がゾクリとして体の芯から疼いてくるよう な感覚に陥り、私は力の入らない手で腰に回されているハウルの手をぐっと押しやっ た。ハウルの舌先は何もかもを壊してしまう殺戮マシンだ。私が持っている何もかも を無意識のうちに捨てさせて、そして忘れさせる。上手いんだ。
「今日は、嫌だってば・・・!」
どんなに抵抗をして見せても、ハウルは一向に行為をやめようとはしてくれず、むし ろ行動をエスカレートさせてくる。いつのまにか押し倒された体勢になっていながら も必死に体の中から湧き出るものに蓋をして精一杯ハウルを睨みつける。這わされた 舌に、這わされた手に抗うことは何よりも難しいことだ。
「どうしたの?今日はご機嫌ナナメだね」
触れる手が熱い。触れる唇が熱い。重ねる体が熱い。ハウルに体を触られるたびに私 は体が溶けてしまいそうになる。
「・・・壊されたくないの。あんたに、私を」
もう、私の体はハウルの軽い愛撫にも触れるだけのキスにもちょっとした悪戯にだっ て耐えられないような体になってしまっているんだから。触れて欲しくない、触れな いで、求めさせないで、壊してしまわないで、お願い。
「壊させてよ。何もかもを捨てて崩れ去ったあんたを見せて」
卑怯者。ハウルは言葉を使って巧みに私をコントロールしていく。言葉一つで私の四 肢に糸を張り、まるで操り人形のように私の自由を奪っていく。静まり返った夜の静 寂に、二人の衣擦れの音だけがやけに大きく響き、自由を奪われた操り人形は主の手 によって踊り狂う。月明かりのスポットライトは、淫らに二人を映し出して、重なり あった長く伸びた影を描いていく。
触れないで、触れないで。私に触らないで。
触れて欲しくない、近づいて欲しくない、そう思っているのに。
そう、思っているのに----------
ハウルの出勤の挨拶は、いつのまに決まっていたのか唇を重ね合わせることがもう習 慣となってしまっていた。たっぷりと遅刻しそうになるまでお風呂に入った後のハウ ルからはいつも花の香りがして、心地よい気持ちにさせてくれる。マイケルが不自然 に目を閉じるようになったことも、カルシファーが不自然に城を飛び出していくよう になったことも、それはもう日常の一部となってしまっているに違いない。
ハウルは玄関先にたって、ハウルよりも幾分背の低い私に屈むような体勢で唇にキス を落とすのが好きなようで、私から特に行動を示すことは無い。ハウルは玄関先だけ ではなくて、キスをする前には必ず頬に手を触れるのが癖のようでいつも私の頬を優 しく撫でる。
ハウルは基本的には我侭で自分勝手で泣き虫で臆病者だけれども、彼はとても人の感 情に敏感なのではないかと思う部分もあったりする。他の人に対してはどうなのかは わからないが、ハウルはソフィーの細かな動作に敏感に反応をして今はどんな感情で わたしが動いているのかという事を無言で鋭く察知してくる。そういったときには、 ハウルは絶対に私に触れようとはしてこない。嫌がっていることは絶対にしてこない んだ。
今朝の私の行動を見て、ハウルは私の感情をどう受け取ったのかはわからないけれど も、玄関先でキスをする前にいつものように頬に触れた手が僅かに一瞬動いたことが 何となく感じられた。
ハウルは頬に触れた後、いつものように腰を屈めて首を僅かに傾けて本当に、本当に ただ触れるくらいの軽いキスを、唇にではなく触れたばかりの頬に落とした。優しい キスだった。大事に大事にされているような気分になる。
ハウルに触られたくないんだ。触れられたくない、そう思っているのは本当なの。
だけど、足りない。そんなのじゃ、全然足りないの。
私は気持ちを言葉にするということが、何より苦手で。本当は言いたいこともある んだけれどもって時には、敏感に私の行動に反応を示してくれているハウルにいつ も助けられる。
いつのまにか無意識にハウルの髪の毛に触れて閉まっていたことに、驚いたのは触れ られた本人だけではなかった。ハウルは目を白黒させてから、すぐにふっと微笑んで 再び私の頬に優しく触れた。やっぱり、いつどこで触れられてもハウルの手には不思 議と熱をもち感覚を狂わせてくる。
「そんな顔しないでよ、ソフィー。仕事に行きたくなくなるよ」
そういわれた瞬間、あっという間に顔に熱が篭るのがわかってあたしは思わず俯いた。
ハウルに言われた言葉に対してということもあるけれど、そんなに自分は物足りない 顔を晒していたのかと思うと顔から火を噴きそうだ。
だけど足りないの。全然足りないのよ。
「ソフィーがいいって言ってくれたら、仕事なんて行かないのに」
「・・・それは、ダメ」
「行きたくないな」
「だめだってば!」
このままだと絶対に流されそうだと感覚的に感じた私はハウルを思い切り突き飛ばし て無理やりハウルを城から追い出した。寂しそうに舌を出して、とぼとぼと歩き出し て、私はその背中を無言で見送った。そして小さくなっていく背中を見つめながら大 きく息を吸うと、言葉と一緒に思いきり空気を吐き出した。
「・・はっ、早く帰って・・・きて・・・!」
私なりに精一杯吐き出した一生に一度しか言わないような言葉は、ちゃんとハウルに 伝わったかどうかなんてちゃんと確認することが出来なかった。最後まで言葉を吐き だすよりも恥ずかしさのほうが上回ってしまい、すぐに城の中へと逃げ込んでしまっ たから。だけど、そのすぐ後に手のひらに刻印のように刻まれていたYESという言 葉を見て、きっとハウルに届いていたんだろうということを確認した。
触れて欲しくて、近づいて欲しくて。そばにいて欲しくて、離れたくなくて。
矛盾したココロが私の中に渦巻いている。
触れて欲しくて、触れて欲しくて。
あなたがいないと寂しくて、熱が篭った手が酷く恋しくなってしまう。
触れて欲しくなくて、触れて欲しくなくて。
あなたが少しでも私に触れるだけで、私の心臓は簡単に壊れてしまいそうになる。ま るで自分の心臓が自分のものではないように、ドキドキが止まらなくなってしまうの。
触れて欲しいココロと、触れて欲しくないココロ。
矛盾していて、相反する気持ちでも。
想っているのは、いつもあなたのことばかり。