あの人が幸せならそれでもいいわ って思ってた。
あの人は縛られるのがキライだろうから・・・
だけど・・・・
1:間違った幸せいつからだったかしら。
私と彼がすれ違い始めたのは。
すれ違った?・・・・・ううん。すれ違ってなんかいないわ。
だって私は幸せだもの。
「ただいま」
夜も更け、皆が寝静まった頃に動く城の扉が小さな音をたてて開いた。
時計はもう真夜中の2時を指していた。
もちろんその声の持ち主はこの動く城のご主人様。
金の髪を翻し、とても機嫌がよさそうに帰ってきた。
「・・・おかえりなさい」
カルシファーの光だけのこの部屋で、
昔はよくみんなで笑いながら夕食を食べていた食卓にすわり、ソフィーはハウルを迎えた。
「遅かったのね」
「仕事が忙しくてね」
そうだったの。こんな時間までお仕事ごくろうさま。
なんて思っていたのは最初だけ。
またお仕事だったのね。
たしか昨日も残業だったって言ってたわね。
そう思い始めたのはつい最近。
あなたの残業はとてもいい香りのする香水をつけることかしら?
きれいな女性をその腕に抱くことが大切なお仕事?
そんなことを本人に言えるはずもなく。
この言葉はソフィーの胸の奥にしまいこんで。
「今日も仕事が忙しかったんだ」などとにっこり微笑んで自信満々に嘘をつくハウルに
ソフィーは毎日”おかえりなさい””遅かったのね”と毎晩言い続けた。
「ご飯食べるの?」
「いや、お風呂に入ってもう寝るよ」
これもいつもの決まった会話。
そしておでこにそっとキスをしてご機嫌な態度でお風呂場へと歩いていく。
離れていくときにはかならず香るあの香り。
仕事に行くときにはヒヤシンスの香りなのに、帰ってくるときには
何だかとっても甘い香りになっている。
ソフィーはこの匂いが大嫌いだった。
昔はこんなんじゃなかった。
ハウルは仕事が終わるとすぐさま帰ってきて、勢いよくソフィーに抱きついた。
ただいま、ただいまと耳に穴が開きそうなほど言った。
そして、ソフィーのこめかみに、次に頬に順番にキスをした。
ハウルがお風呂に入ってる間にいつも椅子に掛けていく上着を
片付ける。
そして見つける。
ポケットに必ず入っている紙と毎日違う女物のハンカチを。
小さく折りたたんでいる紙をそっと開けてみた。
”今日は楽しかったわ”
昨日と同じ筆跡。
確か昨日は”またね。今度はゆっくりと”だったかしら。
同じ筆跡と同じ香水だというところを見ると相手は一人。
多数大勢の女性と会ってるわけではないみたい。
それにしてもこんなものがポケットに入っているっていうのに ハウルはちっとも気付かないのかしら。
それとも私にわざと気付かせようとしてるの?
ソフィーはくすっと自嘲気味に笑った。
そして、手紙を読んだ後再び手紙を折りたたむと何もなかったかのように ハウルの上着にしまいこんだ。
お風呂場からはハウルの下手な鼻歌が聞こえてくる。
そんなに楽しかった?あなたのお仕事とやらは。
※※※※
次の日の朝、起きてみるともうハウルは出かける準備をしていた。
今日はせっかくの休みだというのに。
「どこか出かけるの?」
「急に仕事が入ったんだ。それに今日も遅くなりそうだから先に寝てていいよ」
いそいそと身支度をしながらソフィーに話しかける。
全然ソフィーを見ようともしない。
カルシファーもマイケルも何にも言おうとしない。
いや、言えないんだろう。
「じゃあね、ソフィー」
ハウルはお気に入りの上着を翻しながらドアを開けて出て行った。
「・・・・行ってらっしゃい」
きっとソフィーの言葉はハウルには届いていないだろう。
最後までソフィーを見ることなく出て行ったハウルに、ソフィーは小さくため息をついた。
ソフィーはハウルが出て行ったドアを少しの間見つめた後、くるっと方向を変えて マイケルが座るテーブルの方へと視線をやった。
マイケルはじっと2人の様子を伺っていたらしく、急にこちらを向いたソフィーと 目があってしまいマイケルはあたふたと視線をそらした。
ソフィーはそんなマイケルの様子をきょとんとした顔で見た後、にっこりと微笑んだ。
いい子ね、マイケル。本当にいい子ね。
「ねぇ、マイケル。今日は花屋はお休みにしましょうか。
たまにはのんびりしましょう。気分転換も必要よ」
気分転換も必要。それはまるで自分に訴えかけたような言葉だった。
ソフィーはうんと伸びをして、マイケルに「ね?」と同意を求めた。
マイケルもソフィーのいつもとかわらない態度に安心したのか、にっこりと微笑み 「はい」と答えた。
この2人には心配かけちゃいけないわ。
大丈夫。私はこのままでもやっていける。
私は幸せ。そうでしょう?
※※※※
ソフィーとマイケルそれにカルシファーは本当に午前中をのんびりと過ごした。
ソフィーは縫い物をしながら、課題をしているマイケルと暖炉にいるカルシファーと 本当にどうでもいい話を延々と話した。
マイケルが”お皿が一瞬にして乾く魔法”を会得したことや、カルシファーはソフィーがいつも暖炉を 綺麗にするから、少しでも誇りがたまると嫌になってきた。オイラまでソフィーの病気がうつったかな。とか 最近花畑の花の種類が増えたことなどを話した。
ソフィーは久し振りに笑ったような気がした。
笑うことはとても楽だった。昨日のコトだって気にしなくてもすんだから。
しばらく話し続けていると、皆笑いすぎてお腹がすいてきた。
それじゃあ、今日のお昼はパスタにしましょうか。
ソフィーはそう言って台所へ立った。しかし、いざ作ろうにも材料が足りないことに気がついた。
どうしましょう。
どうしましょうと言ってもやることは一つだけ、 お昼の材料を買出しに行かなければならない。
ソフィーは財布を片手に食料の買出しへと出かけていった。
※※※※
「ソフィー、久し振りだね。どうだいうちのトマトは仕入れたばっかりだよ」
「ソフィー!かぼちゃを安くしておくよ!!」
ソフィーはここにきてから来るべきではなかったと後悔せずにはいられなかった。
たとえ、お昼ご飯がパン1つになってもここに来るべきではなかった。
ここはよく買い物に来る場所なのでソフィーを知っているものたちが多いのはあたりまえで。
だけど、ソフィーを知っているということは・・・
・・・ハウルを知っている人も大勢いるということだった。
「ソフィー!今日は一人なんだね!」
ほらね。やっぱりきた。一番聞きたくなかったこの質問。
「ハウルはちょっと仕事なの」
ソフィーは笑顔を作ることで精一杯だった。
精一杯作ったこの笑顔もちゃんと笑えたかどうかあやしい。
「そうなのかい?さっきその近くにいたけどねぇ。ありゃ仕事でだったのかね」
不思議そうに野菜売りのおばさんは言った。
本当に嫌なコトを聞いてくれるわ。
おばさんに悪気はないだろうけど、私の気分を底まで下げるには適した言葉だったわ。
「そう。お仕事だと思うわ」
そう言ってソフィーはおばさんに手を振り、その場を離れた。
そう。お仕事なのよ。
やっぱり今日はついてない。
何から何まで嫌な方向に事が向いていってる気がする。
本当に眩暈がしそう。
おばさんと別れて、しばらく歩いているとソフィーは足を止めて心底そう思った。
「本当なの?ハウル」
「本当だよ!信じてくれないの?」
ソフィーの前の方でさもおかしそうに談笑している2人が目に付き、思わずソフィーは 足を止めた。
前を歩いている2人はソフィーと同じ方向を歩いているので、相手からソフィーは見えない。
そして、ソフィーからも相手の顔は見えない。
顔ははっきりと見えないけれど、あの長身とあの声は絶対に彼のものに間違いない。
彼女の顔ははっきりと見えないけれど、横顔はとても綺麗に見えた。
ソフィーは道の真ん中で止まったものだから、肩が人とぶつかったり、ぼさっとしてんなよ!
などと罵声を浴びせられたりしたけれどソフィーの耳にはまったく聞こえていない。
怒りも、哀しみもせず、本当の無表情でソフィーは前を仲よさげに歩く2人を見ていた。
他人事のように、自分には関係ないことのように、ただただ見つめていた。
ソフィーは下を向いて、ゆっくりと歩き出した。
何も見えない。私は何も見てないわ。
ちょっとずつちょっとずつソフィーは歩いた。
周りの音がうるさくて、二人の声は聞こえないはずなのにやけに2人の声が耳を付く。
聞きたくないのに、誰も聞いてないのに。
「いいの?家に帰らなくても」
「いいさ。どうせソフィーは今日も花屋で僕のことなんて忘れてるだろうから」
あはは!ひどい奥さんね!
楽しそうに、楽しそうに、本当に楽しそうに笑いあう2人。
聞こえない。私は何も聞いてないわ。
※※※※
いつからだったかしら。
私と彼がすれ違い始めたのは。
すれ違った?・・・・・ううん。すれ違ってなんかいないわ。
だって私は幸せだもの。
城に帰ったら、またいつもどうりカルシファーとマイケルと話して笑って。
そしたらまた元通りよ!
でも、ソフィー。
・・・・あなた本当に今幸せなの?
このままでいいの?
わからないの。わからないのよ、ハウル。
私あなたを怒ればいいのか許せばいいのか。
私があなたのしていることを知っていると告げたら、あなたが私を捨てるんじゃない かって、不安なの。
怖くて怖くて仕方がないの。
このままでいればいいの?あなたを怒ればいいの?
----どうしたらいいのかわからないのよ。ハウル----------