大好き。
9:帰ろうよ
ハウルとしばらくずっと目が合っていた。
お互い見つめあうように。
ソフィーは何も考えずにじっとハウルを見つめていたけれども、ハウルは至極情けなさそうな 顔をしていた。
ソフィーが呆然としていたのは、あまりにも急なことで脳が上手く機能してなかったから。
自分をどうしてそんなにも悲しい顔してみるのか。
どうしてここに来たのか。などといういうことを全く考えられなかった。
しかし、ハウルが自分に近づこうと一歩足を進めたとき、急激に脳が動き始めた。
怖い。
「来ないで!!」
とっさに叫んでしまったのは、こんな言葉だった。
こんなことを言うつもりじゃないのに勝手に口が動くの。
怖い。別れを切り出されるのが。怖くて怖くてしかたない。
それでもハウルは足を止めずにゆっくりと確実にソフィーに近づいてきた。
「来ないでって言ってるじゃない!!!」
ソフィーは叫びながら立ち上がり、一瞬ふらついてその場から一歩後退した。
聞きたくないわ、別れの言葉なんて。
「ソフィー」
ハウルはピタッと足を止めて、短くソフィーの名前を呼んだ。
悲しそうな、今にも泣きそうな情けない顔。
・・・・・・・・・なんであんたが泣きそうな顔するのよ。
「話が・・・あるんだ・・・」
ぼそぼそと話すハウルの声を聞いていると、息が詰まりそうだった。
ソフィーの心臓は今まで体験したことがないほど、大きく跳ね上がった。
近くにいれば、その音をはっきりと聞き取れるんではないかというほどドキドキが止まらなかった。
「いやっ!!」
ソフィーはずっと見ていたハウルから視線を外し、両手で耳を塞いで聞こえないようにした。
耳を塞いでいる手が、ガタガタと震えているのがわかる。
これはきっと寒さから来る震えじゃなく、もちろん恐怖からくる震えだった。
次にハウルから来る言葉が異様に怖くて。
ハウルの口から直接別れを聞くのが怖かったから出てきたのに。
「もういいじゃない!私はあなたの前から姿を消した!これ以上何を望むのよ!」
ソフィーは量目をぐっとつぶって叫んだ。
こんなこと言ったらまた素直になれなくなっちゃう。
せっかく流れ星に願いをかけたのに。無駄になってしまう。
自分は目をつぶっているので、ハウルの表情はわからない。
「ソフィー・・・・」
ハウルはもう一度、ソフィーの名前を呼んだ。
悲しみを含んだその声は、先ほどと全く変わっていないものだった。
やめてよ。そんな風に私の名前を呼ばないで。
自分の中に眠る醜い私が、顔を出してしまうから。そしたらきっとあなたに酷いことをいってしまう。
「いやだってば!!」
ソフィーはぶんぶんと頭を横に激しく振った。
その声をスイッチに、たまっていた醜い感情が顔を出す。
「彼女を見た瞳で私を見ないで!!彼女抱いた手で私に触らないで!!! ・・・彼女に触れた唇で、私の名前を・・・呼ばないでよぉ・・・・・・」
ソフィーの目からは少しのあいだ止まっていた涙が、再び流れ始めた。
「・・・っく・・・うぅ・・・・うぅ。あぁーん、うわぁぁ・・・・・・・」
ソフィーは子供みたいに大声を出して泣きじゃくった。
涙を我慢しても、勝手に出てくる嗚咽を止めようとしても、ちっとも止まってなんてくれなかった。
それは本当に醜い嫉妬という感情で。
ハウルを誰にも渡したくない。誰の側にもいてほしくない。誰も見ないでよ、いかないでよ。
もちろんハウルが自分にとって初めて恋をした人間であって、こんな感情に振りまわされたのも初めてだった。
こんな汚い自分が大嫌いで、ハウルが自分の事を捨ててしまうのも無理はない。と
思ったほどだった。
しばらく声を出して泣き続けて少し落ち着いた頃、ソフィーはうっすらと目を開けてみた。
ずっと俯いて泣いていたせいで、自分の足元には小さな丸い涙の後が無数にできてしまっている。
そして、その近くには見慣れた靴が目に入る。彼がお気に入りの白いブーツ。
近くにこないでって言ったのに。本当に自分勝手な男ね。
それでもソフィーはハウルに何も言わなかった。いえなかった。
どこかに行ってよ!なんて言葉いえそうにもなかったから。
このままハウルに別れを告げられるなら、もうそれでもいいや。もう、どうでも。
ソフィーが泣きながら頭の中でそんなことを考えていたときだった。
「僕は彼女を抱いてなんていないよ。 信じてもらえないかもしれないけれど、キスもしてないし、抱いてもいない。 彼女に触れたのもほんの数回だ。こんなことをいっても僕のした事が消えるわけでもないけど」
急に頭の上から降ってきた言葉に、ソフィーは一瞬目を見開いた。
てっきり別れを切り出されると思って覚悟を決めていたのに、自分が想像していた言葉とは全く関係のない 話をされてしまった。
そんな話をいきなりされても、信じられるはずがない。
そんな嘘っぱちをいまさらこんなところでして何のメリットがあるっていうのよ。
ソフィーは涙をポロポロと瞳から流しながら、ゆっくりと顔を上げた。
ハウルは本当に自分の近くに立っていて、手を伸ばせば簡単に服をつかめてしまう距離だった。
ハウルはソフィーと目を合わせると、泣き出しそうな顔をしている片目から
一筋涙を流した。
だからどうしてあんたが泣くのよ。泣くべきは私のはずでしょう?
ハウルは右手の人差し指で左目を押さえ、親指で右目を押さえて少し俯いた。
それから次々と涙を流した。
なぜハウルが泣いているのか、どうして別れを切り出そうとしないのか。
ソフィーには全く訳がわからず、ずっと涙を流し続けただけだった。
「・・ごめ・・ごめん」
自分の目の前にいる情けない男の口から出てきたのは、謝罪の言葉。
震える肩で嗚咽をこらえながら、たどたどしく小さな声で呟いた。
もうわけがわからない。
「君を失うことが怖かったんだ。ずっと。」
そういってハウルは右手を目から離し、そのまま右腕を両目に押し付けた。
ソフィーから見てみたら、目の前で見上げている男は、まるで大きい子供だった。
「君が幸せそうに笑ってくれるたびに、君が愛しくて抱きしめたくなって、すごく不安だった。 ソフィーがいつか自分の前からいなくなってしまう日がくるかもしれないって思えてきて。 だから君を試したんだ。僕を必要としてくれるかどうか。 だけど、君は何も僕に言ってくれなかった。とても・・・・苦しかったよ。 僕は自分だけが、とても苦しがっていると思っていた。 だけど、君の涙を初めてみたときに感じたんだ。君の中にある悲しみを。 僕は君を試すことに必死で、君の感情を読み取ることができなかった。自分の事だけを考えてた。 だから、ごめん。ソフィー。・・・・・・・ごめん、ごめん。」
ハウルは涙を拭いながら、ずっとソフィーに謝り続けた。ごめん、ごめん。と。
そして、何度か謝った後、ハウルは小さくこう呟いた。
「君が僕に愛想を付かして出て行く気だったんだったら僕が出て行く。 だからソフィーはあの城から出て行かないで。君を必要としている人は、沢山いるんだ。」
ソフィーは口元を押さえて、再び大粒の涙を地面に降らせた。
なんてことだろう。
私たちはお互いの気持ちが怖くて聞けなくて、ずっとすれ違っていたんだ。
気持ちはずっとお互い繋がっていたというのに。
何も聞かずに勝手に気持ちを想像して、勝手に落ち込んでいただけだった。
こんなことってあるんだろうか。
もし、私がハウルに行かないでと素直に言っていれば、こんなことにはなっていなかったのかもしれない。
もし、ハウルが私に自分の事をどう思っているのかと口にだせれば、お互い傷付くことなんてなかったかもしれない。
本当に、何てことだろう。
「・・・・ハウル」
ソフィーは口元を押さえながら小さく呟いた。
ばかばかしい。本当にばかばかしい。
ソフィーがハウルの名前を呼ぶと、ハウルは涙に濡れた顔でソフィーの顔を見つめた。
ソフィーはハウルがこちらを向くと同時に、大きく手を振りかぶった。
パァン!!!
ハウルの頬からはソフィーによって奏でられた軽快な音が鳴った。
その衝撃で、ハウルは顔を横に背けるような形になっていた。
先ほど泣いた疲れと、ここまで歩いてきた疲れが重なってそんなに力は出なかったけれど。
ハウルは目を少し見開き、驚いた顔でソフィーを見ると、先ほどたたかれた頬をそっと手で触れた。
当のソフィーは、はぁはぁと大きく息を吐いたり吸ったりしており、手はハウルをたたいた状態で止まっている。
そして、ゆっくりと手を下ろすとそのまま口元を押さえた。
またしてもソフィーの瞳からは涙が溢れて、流れ続けている。
「バカハウル!どうして私に何も・・・何も言ってくれなかったのよ!! だい・・・たい私がいつ・・っどこかへっ・・行くって言ったのよ!!!いいかげんに・・・っしてよ! ハウルなんて・・・嫌いよ!!だ・・・大嫌い!!!」
ソフィーは嗚咽が混じった言葉で話し続けた。
ハウルも再び目を腕で覆って、小さな声で「うん」と答えた。
ハウルはまたしても小さく「うん」といって、「ごめん」といった。
あぁ、バカソフィー。あんたまたやっちゃったじゃないか。
そんなことを言うために、流れ星に願いをかけたわけじゃないでしょう?
それでも、意地っ張りなあたしの口は彼を罵ることしかしないの。
ハウルもきっと泣いてるわ。泣き虫で臆病な私の旦那さまだもの。
ハウルはソフィーに言われた言葉がよほどショックだったのか、足を1歩後ろへ後退させた。
あたしが味わった苦しみはそんなものじゃないのよ!!!
そんなことをまたしても考える自分がいる。違うって言ってるじゃない。そうじゃないでしょ?
ハウルはまたしても一歩足を後退させた。
ほら、ソフィー。ハウルが行ってしまうわよ?いいの?あなたが言いたいことはなんなの?
-----------行かないで・・・・一人にしないで・・・・-----------------
上出来よ、ソフィー。ちゃんと言えたじゃない。
そうやって言えば、ハウルは足をピタッと止めた。
ソフィーがハウルの顔を見てみれば、やっぱり彼は泣いている。
どうしようもなく臆病で、どうしようもなく泣き虫な、あたしの愛しい愛しい旦那様。
いってやりたいことは山ほどあるし、もっと叩いてやりたい気持ちだってある。
だけど、ハウルが本当に申し訳なさそうに謝るから。やっぱり私がいなくちゃどうしようもないみたいだから。
許してあげてもいいかもしれない。
「一人で・・寂しかったんだから!!」
「うん」
「怖かったんだから」
「うん」
「バカハウル!バカ!!」
「うん」
「・・・・・・・一緒に、帰りたい・・・」
「・・・・・うん。・・・うん」
ハウルはソフィーの頬の辺りにそっと手を伸ばした。
しかし、ソフィーに触れることはなく、その場でピタッと手を止めて再び手を下ろしてしまった。
ハウルの表情を見れば一目瞭然でわかる。
彼は明らかに私に触れることを怖がっている。触れてもいいものかと。
どこまでいっても臆病者は変わらない。
ソフィーは降ろされてしまったハウルの手を、両手でそっと握り締めた。
久し振りに触れた彼の手は、最後にソフィーがふれた手のままとても暖かくて、大きかった。
そして、そのまま自分の頬に持ってくると目をつぶって頬で彼の手の感触を味わった。
彼の中にある小さな不安までも溶かしてしまうかのように。
ハウルの大きな手は、ソフィーの涙によって少し濡れてしまっている。
「抱きしめて」
そうやって小さくおまじないのように唱えてやると、ソフィーが持っていないほうのハウルの手は 簡単にソフィーの小さな身体を包んでしまった。
ソフィーも目を開いて、持っていたハウルの手を話し、自分もハウルの背中に手を回す。
彼の体からはもう、ソフィーの大嫌いな香水の香りはしない。
いつも彼がつけていた、ソフィーの大好きな香り。
ソフィーはハウルの胸に顔を押し付けて、再び涙を流した。幸せな、嬉しい涙を。
ハウルもソフィーの肩口に顔を押し付けて涙を流した。
「抱きしめて」
ソフィーは先ほどと同じ台詞をハウルに言った。
そうすればハウルは一層力を込めてソフィーを抱きしめた。もちろんお腹を押さえないように。
「もっと強く」
「もっと、もっと」
「もっと強く抱きしめて。ハウル」
もっと幸せを感じていたいから。あなたを近くに感じたいから。
もっとよ、もっともっと強く。
※※※※
「ハウルさんたち、上手くいったのかな・・・」
「さぁな」
多くの人たちに心配をかけて
※※※※
「どうしたのよ、ベン。さっきから空ばかり眺めて」
「いや、今日はやけに流れ星が多い日だなと思ってね」
多くの人たちに助けられて
※※※※
「ねぇ、ハウル。 私にも、あなたみたいにいい恋人にめぐり合えるかしら・・・」
「エリザ、何か言った?」
「ううん・・・何も。何にも言ってないわ」
多くの人たちを傷つけた。
※※※※
私たちはお互いを大切に思いすぎていたんだわ。
でも、恋をするってこういうことなのよね?
相手を思うことが恋なんでしょう?
ソフィーとハウルはお互いゆっくりと身体を離した。
そして、ソフィーは愛しげに大切な自分のお腹をさすりながら言った。
「この子の名前はね、モーガンにしようと思うの。 まだ男の子か女の子かわからないけど、男の子のような気がするの。」
私がそうやっていえば、あなたは私の手に自分の手を重ねて愛しそうにお腹を撫でた。
何度も、何度も撫で続けた。
「モーガン・・・。いい名前だね」
そう言ってくれたあなたの前で、私は本当に、本当に久し振りに笑顔を向けてみた。
2人とも涙に濡れてとんでもない顔をしていたけれど。
幸せそうな笑顔は、ハウルの心に強く響いたみたい。
ハウルは私の顔を自分の方へと引くと、軽く音を立ててキスをした。
久し振りに受けた彼のキスは、涙の味がして少ししょっぱかった・・・気がする。
ただ、顔を離したときに見たあなたの顔も幸せそうな笑顔だったことはわかったの。
そんなあなたの顔を見ていたら何だかまた涙がでてきちゃったの。
「帰ろうか。僕たちの城へ」
そう言って彼は私の手をそっと引いた。
ここの星が綺麗だったコトは、今度ハウルに話してみようかな。
そしたら、きっと彼はこう言うわ。
”この子が生まれたら、みんなでまた来ようか”ってね。
終了しました!!
ここまで本当にお付き合いいただいてありがとうございますw
最後のシーンは本当に考えましたね・・・。
楽しみにしてくださってる方がいらっしゃるみたいなので、もうドキドキですよ!
ぜひ、ご感想をくださると嬉しいですw