最近、僕の中にいる君は
涙をながしてばかりいる。
君が悲しんでくれることを、望んでいたはずなのに。

6:僕の犯した罪たち・2

「こんにちわ」
そうやって城へと入ってきた女性は綺麗な金髪の女性。
綺麗な装飾品に美しいドレス。
まるで私とは正反対ね、
それが彼女の第一印象だった。
彼女はソフィーの隣を通り過ぎて城へと足を運んだ。
きょろきょろと周りを見渡した後、くるっとソフィーの方へと振り返った。
彼女はとても笑顔だったけど、それがとてつもなく冷たくて、怖かった。
「私、エリザっていうの。ハウルはどこ?」
”ハウルはどこ”
この言葉でソフィーはピンときた。
「・・・ハウルなら今はいないわ」
今は、自分はハウルの妻なのよ!と堂々と威張れる立場ではなかった。
むしろ、ハウルの気持ちは彼女の方にあるだろうから。
ソフィーが俯きながら、そう呟くとエリザはますます笑顔になった。
「そう・・。いないの。  それならそれで都合がいいわ。今日はあなたに用があったの」
ソフィーはビクッとはねた。
怖い。何だかわからないけれど、この人とあまり話したくない。
「単刀直入に言うわ。ハウルと別れてくれない?」
本当に単刀直入だった。
でも、ここでは別れられない。
こんな知りもしない女性から急に別れろと言われても別れられるはずがない。
もし、本当に別れるとなったらそれは彼の口からでないと。
「・・・できません」
ソフィーはしっかりとエリザを見据えて言いました。
片手でお腹を押さえながら。
「・・まぁ、そう簡単にいくとは思ってなかったけど。  それじゃあ、仕方が・・」
エリザはそこで言葉を切って、ソフィーのお腹に目をやった。
少しふっくらとしているそのお腹が何を意味するかなんてエリザにはわかりきっていた。
「あなた。お腹に子供がいるのね。・・・それが、ハウルをここに縛り付けている理由かしら?」
エリザは口元をうっすらとゆがめた。
怖い。
エリザが一歩ソフィーに近寄るたびに、ソフィーは一歩後退した。
今は、カルシファーもマイケルも出かけているので助けを呼べない。
ソフィーの肩がトンッと壁にぶつかった。
バッと自分が壁にぶつかったことを見て、再びエリザの方を向くと彼女はすでに自分の目の前まで来ていた。
ソフィーは自分のお腹を守るようにして両手でお腹を抱えた。
「ねぇ。教えてあげましょうか?ハウルが私に何を言ってきたか。
 私に何を囁き、どんな風に私を抱いたか」
エリザの甲高い嫌な声がソフィーの耳にこだました。
    ズキン、ズキン
お腹がちくちくする。とても痛い。
「まずはそっと瞼にキスを、次には頬に鼻に。
そして、最後には・・・「やめて!!」」
ソフィーはずるずるとその場にしゃがみこんで、叫んだ。
「聞きたく・・・ない」
「あらあら残念ね。これから楽しいお話が待ってるのに」
ソフィーはお腹を抱えてその場でうずくまってしまった。
お腹が痛い。全身が何かで刺されてるように酷く痛む。
「お腹が痛むの?」
エリザは静かな声でソフィーに囁きかけた。
「じゃあ、その子がいなくなってくれればハウルは私の元に来てくれるかしら?」
ソフィーにはまるでその言葉が悪魔の囁きのように感じた。
やめて、お願い。私からこの子を奪わないで!

エリザは台所においてあるバケツを持ち出すと、水道から大量の水をそのバケツに注ぎ込んだ。
そして、そのバケツがいっぱいになると、そのバケツを持ってソフィーの元にやってきた。
「さよなら」
そう言って、エリザはソフィーの頭の上から大量の水をかけた。
バケツの水を全て掛け終わると、バケツをその場にコンッと置いて、あははと笑いながら城から出て行った。
痛い。
痛い痛い痛い。
助けて!誰か助けて!・・・この子を・・・奪わないで。
  ソフィーの意識は、そこで途絶えた。



※※※※



カチカチカチ・・・
時計の音がやけに耳に付く。
先ほどガラスで切った手が酷く痛む気がするが気にしない。
まさかエリザがここまでするとは思わなかった。
いつもにこにこと笑って、僕の近くにいたと思う。
まるで、ソフィーのようだなって思ってた。
ソフィーのよう?
あぁ、なんだろう。自分でも唐突に判ったような気がする。
なぜエリザを選んだのか。なぜ、彼女だったのか。

わかったのなら言わなくちゃ。
そして、全てのけりが付いたらもう一度マイケルに頼んでソフィーに会わせてもらおう。
きっとまた断られるだろうけど、大丈夫。
僕は執念深い男なんだ。
そしたらちゃんと全てをソフィーに話そう。
許してもらうわけじゃあないけど、聞いてもらいたい。
僕という浅ましい男の存在をもう一度知って欲しいんだ。これって自己満足って言うのかな?
とにかく今はエリザに会わなくちゃ。
エリザにも話を聞かなくちゃいけないし、僕も話さなくちゃいけないから。

ハウルはぎゅっと手を握り締めると、さっそうと城の扉から出て行った。
カルシファーは結局ハウルに何もいうことなくその場にいただけだった。



※※※※※



私、どうしちゃったんだろう。
目が覚めたときに一番最初に思ったことがそれだった。
マイケルが自分の近くで何か言ってるのが聞こえるんだけど、上手く聞き取れない。
たぶん、目が覚めたんですね。とかその辺だとおもう。
それから唐突にお腹の赤ん坊のコトを思い出して、ガバッと起き上がった。
そこからははっきりとマイケルの声が自分の耳に届いた。
「ソフィーさん。まだ安静にしていてください!お腹の子供も大丈夫ですよ。」
たぶん、マイケルを見ていた自分の顔はとても情けないものだったと思う。
今にも泣きそうな。
ソフィーはマイケルの話を聞くと、安心したように肩の力を抜き、再び横になりました。
そして、思い出したかのように小さく呟いてみました。
「ハウルは・・いないのね・・・」
最近ずっとこの城にいなかったのだから、いるわけはないのだけれど。
なんだか唐突にそんなことを聞いてみた。
こんなことを聞いてもマイケルが困るだけだということを知っていながらも。
でも、やっぱり思ってしまうものなのよ。
彼がきてくれるんじゃないかって。
ありもしないのに。
マイケルはソフィーが思ったとおりとても苦い顔をしている。
ソフィーは、ふっと笑うと再び目を閉じた。
「ごめんなさいね。変なこと聞いて」
すると、マイケルは俯いていた顔を上げて、少しどもりながら言いった。
「あ、あの!ソフィーさん。実はハウルさんソフィーさんのお腹に子供がいることをしっていたんです。」
ソフィーは驚いたようにマイケルの顔を見た。
しかし、次の瞬間再び目を閉じてしまった。
「そう・・・。知っていても来てくれなかったのね・・・」
すると、ソフィーの閉じていた瞼からうっすらと涙が一筋こぼれ落ちました。
「ソフィーさん!ハウルさんは1度・・・」
「もういいの」
ココに来ようとしたんですが、自分が止めてしまった。ということをソフィーに伝えようとしたが、
ここでもソフィーの自分は長女だからという思考が働いてしまいマイケルの言葉に耳を傾けようとはしなかった。
自分は長女なんだから、最初は幸せであったとしてもそんなの長続きしないんだから。
もう夢の時間は終わりを告げるのよ。
ソフィーは寝転んだまま両手を自分の顔にやり、とめどなく流れてくる涙をマイケルに見せまいと
必死に隠そうとした。
しかし、ソフィーの手では隠しきれないほどの涙が次々に流れており、ソフィーの使っている枕を
濡らし続けた。
ソフィーの口から聞こえてくる嗚咽が、痛いほどマイケルの胸を締め付けた。

「・・っく・・うっく・・・マイ・・ケル。お・・お願い、っく・・一人にして・・・」
マイケルは顔をゆがめた。
このまま部屋をあとにして、ソフィーを一人にさせてやりたいのはやまやまなだが、 まだ、ソフィーにハウルがココに来ようとしたことを伝えていない。
それで、何かが変わるわけでは決してないが伝えなければならない気がしてならなかった。
「でも・・!」
マイケルはこれだけは言わせてほしいから。と言うようにソフィーに言ったが、ソフィーはマイケルに
止めをさした。
「お願・・い。っう・・く。マイケル」
ここまで言われてしまってはもう何もいえなくなった。
ソフィーが落ち着いたらまた話せばいい。そう思った。
マイケルはベッドの近くに置いてある椅子から腰をゆっくりと上げて、ドアへと歩いていった。
部屋の中にはマイケルの足音と、ソフィーの嗚咽が響いていた。
マイケルは部屋を出る前に、振り返ってソフィーの方を見たが、相変わらずだった。
そして、静かにドアを閉めて出て行った。


「・・・っく、うぅ・・・ううぅ・・くぅ」
ソフィーは自分で涙を止めることは不可能になっていた。
ハウルのコトを思えば思うほど胸が痛くなり、心が張り裂けそうだった。
きっとこの城にはハウルとの思い出が多すぎるから。

これがあなたの答えなのかしら?

何だか、自分には考えるべきことが多すぎて。
やるべきことも、なすべきことも、後から後から降りかかってくる。
     もう・・・疲れちゃった。

※※※

「どうしよう。カルシファー。・・・僕、とんでもなく余計なことをしてしまったのかもしれない」
「お前が悩むようなことじゃないだろ」


思いはすれ違い、


「ねぇ、エリザ見なかったかい?」
「さぁ?見てないなぁ」


悲しみはつのるばかり。


「早く、ソフィーに会いたい」


扉の向こうにある先は、光か闇か。
それは誰にもわからない。