私は夢の中であなたに語りかける。
行かないで、側にいて。
けれども、所詮それは夢の中。
あなたには・・・伝わらない。
3:会いたい
夢を見た気がする。
ふわふわ浮いててとても暖かい。
誰かが自分を抱いているんだけれども顔がぼやけていてわからない。
あなたは・・・誰なの?
誰だか知りたくてじっと見ていた。
そしたらだんだん目が慣れてきて、誰なのかわかってきた。
それはずっと見て欲しくて、会いたかった人。
何だか酷く懐かしくて、そっと名前を呼んでみた。
「・・・・・・・・・・・・・ハウル・・・」
そっと呟いてみたらまた視界がぼやけてきた。
まだ、彼を見ていたいのに。
でも、思うようにはなってくれない。体が動かないんだもの。
・・・・・・・・もう何も見えなくなった。
※※※※
ソフィーがふと目を開けると、そこは寝ていたはずのソファーの上ではなく 暖かい、いつも自分が眠っているベッドの上だった。
周りを見渡してみればもう陽が昇ってしまっているのか部屋はとても明るくなっていた。
ソフィーは久し振りにまともに眠った気がした。
いつも何かと心配や不安を抱えているソフィーにとって夜は一番嫌いな時間と言っても良かった。
けれども、どうしてだろう。
昨日は1度も起きることなく眠ることができた。それに私が眠っていた場所。
それは確かにソファだったはずだ。
もしかして、----------もしかして----------
ソフィーは急いで服を着替え、走ることはできないので早歩きで部屋を出ると 急いで1階のリビングまで下りていった。
そんなわけがない、という気持ちと、そうかもしれない、という気持ちがソフィーの中で 複雑に混み合っていた。
下におりると、そこにいたのは暖炉で燃えているカルシファーと椅子に座って課題をしている マイケルの2人だけだった。
ソフィーはきょろきょろと周りを見渡して見ましたが、ソフィーが探している人物は見つからない。
「おはようございます。ソフィーさん。ゆっくり休めたみたいですね」
ソフィーはあたりを見渡す行動を止めないまま、マイケルに”そうみたいね”と答えた。
そして、昨日の夜の自分の事を唯一知っているカルシファーの元へ行った。
「ねぇ、カルシファー、私昨日の夜はソファーで眠っていたわよね?」
あぁ、ドキドキする。
どうか、YESと言って。そしたら、私また希望をもてるかもしれない。
だから・・・・
「私、気がついたらベッドで眠っていたの・・・・それってもしかして、ハ・・・」
「何言ってんだよ、ソフィー。ソフィーは昨日自分で2階に上がってただろ」
ハウルが運んでくれたんじゃないの?そう言おうと思ったのに、言う前にカルシファーに 遮られた。
ソフィーは一瞬固まって、頭が真っ白になった・・・気がした。
しかし、次の瞬間にはとても残念そうに笑った。
「・・・・・そう、よね。ごめんね、変なこといって」
カルシファーの言葉で踊りかけていた心が、一気に冷めた。
やっぱりって思ったけど、それはそれはとても痛くて。
あれはやっぱり夢だったんだ。自分の都合のいい夢を見るなんて・・・。
忘れよう。
あれはやっぱり夢なんだ。
そうだ、でなければハウルが自分を抱きしめるなんてこと・・・・
ありえない。
※※※※
「めずらしいな、ちゃんと定時にくるなんて」
サリマンが王宮の仕事場にやってきたとき、ハウルはすでに自分の席に着き、さっそく 仕事に取り組んでいた。
サリマンは自分の机の前に立つと、大量にある資料をドサッと音を立てて自分の机に置いた。
「そっちが今日中にこのレポートを終わらせてくれ、って言ってきたんだろう?
だから、僕がやってやってるんじゃないか」
さもサリマンの仕事をやってやっているかのような言い方。
それは自分の仕事だろう。まったくこの男は。そう思った。
しばらくはこの仕事場にハウルがペンを走らせる音だけが部屋に響いていた。
サリマンは自分の席に座ることなく、立ったまま窓から見える景色をじっと見つめていた。
すると、サリマンが重い口を開いた。
「最近、随分と楽しんでいるようじゃないか」
ハウルはサリマンの言葉を聞いて、一瞬ペンの動きを止めた。
しかし、口元にうっすらと笑みを浮かべると、再びペンを走らせ始めた。
「それがどうかしたのかい?」
サリマンは窓からみえる景色に視線を走らせたまま言った。
「ソフィーは知っているんだろう?」
「そうかもしれないね」
サリマンは窓から視線を離し、手を止めることなく話している自分の同僚の方を向いた。
おだやかな顔のまま。
「ソフィーが知っていると知っているのに、やめないとはな」
ハウルは全て書き終わったのか持っていてた羽ペンを筆立てにカランと投げ入れた。
そして、サリマンに自分がまさに今書き上げたレポートを、はいと渡すと、 と少し悪戯っぽく笑って言った。
「もう少し、悲しんでくれてもいいと思うんだけどね」
サリマンはふっと笑うと、先ほど渡されたレポートに目をやった。
そのレポートは実に出来がよく、ハウルの才能がいかに高いかを目の当たりにさせた。
「・・・よくこの短期間でできたな」
サリマンはハウルの言った言葉に返事はせず、全く違った内容の言葉を投げかけた。
「あたりまえだろう?僕を誰だと思っているんだい?」
ハウルは自信満々に笑うと、胸を大きく張った。
確かに彼の書いたレポートは自分で自負しても構わないほどの出来だった。
出来だった、けれども。
「そうだな」
サリマンは短くそう言うと、レポートを持っている手をめいいっぱい伸ばし小さく何かを呟いた。
ハウルはサリマンの声を聞くと、自慢げに胸を張るのをやめて ゆっくりと顔をサリマンの方へとやった。
そのとき。
ボッ!
サリマンの手から魔法で大きな火が放たれた。
まるで大きなカルシファーのようなその火は、先ほどのレポートを跡形もなく灰にさせた。
火がどんどん小さくなり、消えうせるとサリマンの手に残っていたのは少量の砂だった。
サリマンはその砂をさらさらと床へと落とした。
ハウルはサリマンの一連の行動を見たあと、ずっと止まっていた脳が急激に動き出したかのように すごい剣幕でサリマンに食って掛かった。
「何を・・!!」
「ソフィーが悲しめばいいと?」
一旦は終わったかと思わせた話の内容をサリマンは再びハウルに投げかけた。
ハウルが叫びかけた言葉はサリマンの言葉によって遮られ、ハウルは怒りをぶつけきれずに 興奮した面持ちでサリマンを見据えた。
「それがどうした?!」
苛々としながらハウルは言ったが、サリマンはそんなことはお構いなしに話を続けた。
「ソフィーが悲しむ?違うだろう、お前はそんなことを望んでるんではないはずだ」
ハウルの中から先ほどの怒りが、だんだんとなくなっていくのがわかった。
大きく火をつけていたその感情は小さく小さくなり、たちまち消えてしまった。
怒りが消えた後は、だんだんと動揺というなの感情がハウルを包んだ。
「一体、何のことだよ」
あきらかにハウルは動揺をかくせていない。
こんなに余裕のないハウルをみるのは初めてといってもいいかもしれない。
「お前はソフィーを試しているんだろう?
自分に他の女ができたとわかれば、どれだけ動揺してくれるか、どれだけ悲しんでくれるかを 試したんだろう? それなのにソフィーは全く自分に対して何も言ってこない。 もしかしたら自分はソフィーに何とも思われていないんじゃないか、どうでもいいんじゃないか。 お前の性格だ、何か言ってくれるまでとことんやろうと決めたら元には戻れなくなったんだろう。 相手もだんだん本気になってきて、後戻りができなくなってきた。違うか?」
ハウルの心臓はまるで早鐘のごとく鳴り響いていた。
サリマンはそこから一歩も動いてなんていないのに、まるで壁に追い詰められているかのようだった。
何だか汗までかいてきている。
普段怒らないやつが怒るととてもつもない威圧感を感じてしまう。
サリマンの顔にはほのかに笑いさえ浮かべているのに、今はそれさえも怖く感じてしまう。
そんなんじゃない。僕は本当にソフィーに感情を抱かなくなってしまったんだ。
そういいたいのに言葉が出てこない。
頭ではわかっているのに、思うとおりに動いてくれない。
「自分では言わないくせに、相手からは言葉を求めるのが臆病者のお前らしいがな」
だめだ、ここにいたら。
サリマンはまるで心が読めているかのように自分のコトをずばずばと言っていく。
自分でも認めたくなかった事実があらわにさせられていくのが怖くて怖くて。
口で否定ができないのならば、ここから出て行くしかない。
そう思ったハウルは勢いよく椅子から立ち上がった。
上手く動かない足たちを何とか動かし、王宮らしい豪勢な扉の方へと歩いていった。
そして、ドアノブに手を伸ばそうと思ったときにサリマンが再び声を掛けました。
「この前、街でマイケルに会ったよ」
いきなり何の話だよ。
そう思ったハウルはドアノブに伸ばしていた手をそっと下ろしてた。
まだ身体はドアの方を向いている。
「そしたら助けて欲しいと言われてね」
ハウルの心臓はふたたびドキドキと鳴り響き始めた。
この先は聞いてはいけないのかもしれない。だけど、聞かなくてはいけない気もする。
「ハウル、ソフィーのお腹に子供がいることをお前は知っていたか?」
全身に電流が走った。
ビリッと音を立てて、先ほどの動揺も、先ほどの恐怖も全てが消えうせた。
頭は真っ白になり、手足も動かないし言葉も出なかった。
ただ顔だけ振り返りサリマンの顔を見ることぐらいしかできなかった。
サリマンの顔は真面目な顔をしていると思うが、ハッキリとはわからない。
視界までもがぼやけているから。
眩暈がする。
子供?
「一人でつわりのつらさにも耐えているんだ。
どうしてソフィーはこんな大事なことをお前にいわなかったかわかるか? それはな。 お前に迷惑を掛けたくないから、困らせたくないからだそうだ。 お前がくだらない理由でソフィーを試している間にもソフィーは一人で頑張っていたんだ。」
一瞬にして体の感覚が戻ったと思う。
でも、自分の感覚が戻った。と思ったときにはもうすでに王宮の長い廊下を走っていた。
魔法で城に帰ることもできたんだろうけど、その時にはただがむしゃらに走ることしか 頭になかった。
城に行ってもソフィーはあってくれないかもしれない。
自分のコトが本当に嫌いになってしまったかもしれない。
だけど、会いたい。
君に逢いたい。
サリマンはハウルが勢いよく出て行ったドアをしばらく眺めて、ドサッと椅子に座りました。
長いため息をつくと、窓の外を眺めた。
どうやら自分には怒る、という行為があまり性に合っていないらしい。
どっと疲れがでて、もう何もする気にもなれない。
怒ることは体力がいることだ。
あのハウルの顔、どうやら頭が冷めたらしい。
サリマンは先日会った少年のコトを思い出して、小さな笑いを漏らした。
”サリマンさん!お願いです。ソフィーさんを助けてください!!”
とても泣きそうな顔をして、必死に助けをこうた将来弟になるであろう少年の願いは叶うだろうか。
「これでよかったのかな?マイケル」
どうか優しいあの少年の願いをかなえ、そしてあの意地っ張りな我が義姉に祝福を。
先ほどまでこの場所に居た愚かな魔法使いは家路を走っている最中だろう。
けれども、そう簡単に会えるかな?
お前はとても愚かな行為をしたが、仮にも私の長年の同僚で、私の義兄だ。
罪を軽くしてやるなんてコトは到底できないが、せめてもの救いだ、レティーには黙っておいてやろう。
彼女の耳に入ったら、命はないだろうからな。
「どうか彼らに幸せを」
サリマンは静かに呟いた。